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2009-08-13(Thu)

猫町由来記

当ブログの「猫町ぶらり」というタイトルは、もちろん、萩原朔太郎の『猫町』に由来します。

気分だとか雰囲気だとかは気にしない、ただ読めればいい、ということならば、『猫町』には青空文庫版があるので、いますぐにでも内容を確認することができます。いたって短い話なので、読むのに時間がかかることもありません。

ただし、個人的には、こういうものは伝統的な紙の書物で読んだほうがいいと思いますし、それもできれば、歴史的仮名遣いのほうが、ずっと味わいが深いでしょう。昔は、たしか、ほるぷ出版から原本の復刻が出されていて、わたしは十代の終わりにそのエディションで読んだのだったと思います。残念ながら、引っ越しの繰り返しのなかで、この版は売ってしまったらしく、見つかりませんでした。

公園の水飲み猫

萩原朔太郎の『猫町』には、たしかに、タイトルどおり、猫が出てきます。でも、ほとんど一般名詞のようになってしまった「猫町」の意味は、猫とはとりあえず関係のないものになっています。

じかに萩原朔太郎の原文にあたっていただくのがなによりですが、そんなのは面倒だという方のために、わたしなりに「猫町」現象を定義すると――。

「よく知っている町に、いつもとは異なった方向から入っていったときに感じる、認知の錯誤に由来する“未知感”」

もちろん「未知感」などという日本語はありません。わたしがでっち上げたものです。でも、意味は通じるでしょう。「既視感」(デジャ・ヴ)の反対語で、「未視感」なんてことばあったなら、この「猫町未知感」の定義としては理想的なのですがねえ。

空き家の白猫

ともあれ、萩原朔太郎が『猫町』で描いた感覚は、そういうものです。なぜ、よく知っている町が、突然、異邦の町のように見える感覚の錯誤を「猫町」と呼んだのか、そこのところは、ご本人に訊かないとわかりません。

この作品のなかでは、まず、名前なしに、朔太郎のいう「三半規管の疾病」として登場します。そして、幻想小説のように変化した後半で、たんに見知らぬ町ではなく、伝説に出てくる猫だけが住む町として描かれます。

認知の錯誤によって、既知の町を見知らぬ町のように感じることと、猫だけが住んでいる町の伝説とのあいだには、直接のつながりはありません。たんに、萩原朔太郎の頭の中では(おそらくは「猫は人をばかす」という観念に由来するのでしょうが)、猫の存在と、このような感覚の錯誤が結びついているだけなのです。

それでもなお、「猫町」ということばの語感と、その強いイメージ喚起力のおかげで、よく知っている場所が、一瞬、未知の場所のように感じられる現象を「猫町」と呼んでも、いまではしばしば意味が通じてしまうように思われます。

猫のシルエット

まだ国語辞典にはエントリーがありませんが、いずれ、萩原朔太郎の作品という固有名詞としてではなく、一般名詞として辞書に意味が記される日が来るのではないでしょうか。いや、そんなことになっては、猫嫌いの人のみならず、猫たちにとっても迷惑かもしれませんが。
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テーマ : 猫の伝承
ジャンル : ペット

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